‘diary’ カテゴリーのアーカイブ

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2009年6月10日 水曜日
メモ↓

ながく続けることで、なにか“才能”と呼ばれるような能力が身につくのだろうか?
「10000時間の法則」があるけれども、やはり続けることが大切なのだろうか。

絵とかデザインとかWEBとか「特別に秀でた能力」(専門職と呼ばれているもの)は、
それなりにかっこよく見えて憧れるけれども、
それが本当に自分の才能なのかなー なんて考えたりもする。

「好きなこと」ができること=幸せ
なのか、
「才能」を発揮していること=幸せ
なのか。

好きなこと=才能 ではなかったりもする。

少なからず、毎日なにかしらの小さな才能を発揮しながら
仕事をしたり生活したりして人生を送っているわけだから、
それの積み重ねが、いずれ抜きん出た才能になるのだろうか。

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なんとなく漫然と与えられることに慣れてくると、
考えもなしに日々を過ごしてしまう。
だんだんと楽な方へ行ってしまって、
そんな状況を思い悩んだりもする。

「絶望=苦悩-意味」

さっきテレビで紹介されてた↑
意味を見出せれば絶望ではないのだそうだ。

まったくもって絶望なんてしていないし、
毎日が幸せだけれど、幸せに慣れてしまうといけないから
たまには絶望とか苦悩とかもしてみたい。

才能にフォーカスを当てるのも、
その“意味”を見出したいからだと思う。

どうせ生きるのなら、なにかしら意味のある時間を過ごしたい。

そういう反面、今の状況に十分満足して
深いこと考えず毎日幸せな自分もいる。
難しいのだけれど、結局バランスが大切なのだろう。
幸せと不幸せとか、昼と夜とか、ゼロと1とか、
上手いこと、行ったり来たりするようにできているのだろう。

2009年6月7日 日曜日

なんとなし、2006年ぐらいの自分の絵が好きだなー
あのころはどういう心境で絵を描いていたっけなー

わおー

2009年6月5日 金曜日
いま会社の別チームの仕事を手伝っている。


慣れない仕事で、なかなかペースがつかめない。


でも、あんまり経験できないことなので、うむうむ言いながら作業している。


きっと慣れたらすごく楽しいのだろうなー


自分の才能を発揮している感じしてくるのだろう。


作業をしながら、やっぱりWEBが楽しいなーとか考えている。


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夜寝る前に子供のころのことを段々と思い出しながら遡ってみた。


昔の実家の間取りはどんな感じだったかなーとか。


子供のころはどんな気持ちで毎日を過ごしていたっけなーとか。


よく一緒に遊んだ友達はどんな顔だったっけなーとか。元気かなーとか。


思い出すとなんか嬉しい。


子供のころ、どんな気持ちで毎日を過ごしていたかを考えていたけれど


やっぱり毎日、たのしくしていたように思う。


毎日、絵描いて、プラモ作って、ゲームして、本読んで、
友達と森を走り回って、庭にねっころんで、鶏につつかれて、犬を追っかけて…


いまもあんまり変わらないけれど、
自然に、思うままにすごすのが楽しいのだと思う。


みんな、自分のやりたいことできればいいのになーと思う。


甘っちょろいけれどーー

大宰府にいった

2009年6月1日 月曜日

今日はなんとなく大宰府に行ってきた。
家から30分ぐらいなのだが、
人が多そうなイメージがあって、今まで行ったことがなかった。

急行電車に揺られて、着いてみれば
賑やかで、さっぱりとしていて、気持ちのいいところだった。
お昼は天そばを食べて、
そのあとは九州国立博物館でやっていたチベット展へ行った。

千手観音みたいなものや、曼荼羅がたくさんあり
とてもパワーのある展示だった。
水牛の頭をした神様がとても印象的で、目に焼きついた。

すっかり満足して帰った。

帰りに本屋で「イラストレーション」と「WEBdesigning」を買って帰った。
酒井駒子のインタビューが良かった。みうらじゅんも。

日記

2009年5月27日 水曜日

これは日記ようのエントリー

トクマルシューゴ – Rum Hee

2009年5月6日 水曜日

トクマルシューゴはいいなー

「Jimdo」でギャラリーをつくってみた

2009年3月31日 火曜日

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「Jimdo」でギャラリーをつくってみた。
(絵はまだ適当にアップしただけ)

http://ouchi.jimdo.com/

近頃のWEBサービスは便利ですね!
これだったら5分ぐらいでイラストサイトができますね。

こんどチュートリアルでもつくろうかなあ…。
イラストサイトを作りたいけど、分からなくて作れない人が多い気がする。

CMSだったら無料で簡単にできるから
はやりそうだなー ギャラリーツールは良い。

ジャーマンポテトたい焼き

2009年3月30日 月曜日

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日曜日の話。
本屋に行った帰り道のたい焼き屋さんに新メニューが登場。
「ジャーマンポテトたい焼き」
気になって買ってしまう。150円。

家路に向かう途中に雑貨屋さんがオープンしていたので、
気になって入ってみる。
革小物中心の小さな雑貨屋さんだった。

詳しい説明も聞きたかったが、
どうやら店員さんは休憩中らしく
イスに座ったまま小さくなって寝ていた。

割と大きめに足音を立てたり、
「ゴホゴホッ」とセキをしてみたけれど全く反応がなく、
「これはオープン準備とかで相当疲れているのだろう。そっとしておいてやろう。」
と判断して、店を後にした。
セキュリティ面だけが心配だ。

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本屋で買った本を読みつつ、
ジャーマンポテトたい焼きを食べつつコーヒーを飲む。
ジャーマンポテトたい焼きはコーヒーには合わなかった。
まあでも美味しいなー。
白あんにしておけばよかった。
本ばかり読んで、何もしていなかったので
夜になって絵を描いた。
高校生のときにかったファーボ(ペンタブ)が
ここのところ、すこぶる調子が良くて、ぼくも気分が良い。

原研哉 デザイン啓発セミナー [日本のデザインの原像]に参加した

2009年3月17日 火曜日

世界から評価されるのではなく、
世界で“機能する”日本でなければならない

デザイナーとして世界的に高い評価を受けている原研哉氏の
デザイン啓発セミナー(主催:福岡市)に参加してきた。

「日本のデザインの現像 “Emptiness”–Accessible Environments」
と題されたセミナーの内容は、想像していた堅苦しいものではなく
氏の考える、日本に住む人々が本来持っている美意識・感受性を
「エンプティネス=からっぽ」という思想でもって解説したものだった。

日本の資源=美意識

日本を下にして世界地図を90度回転させると、ユーラシア大陸は
パチンコ台のようになる。
ちょうど受け皿の位置にある日本には、自然と大陸全土から、
さまざまな経路を辿って弾かれてきたパチンコ玉(=文化)が集合する。

それらを見て、感じて形成されてきた日本人の美意識は
研ぎ澄まされ、時代とともに洗練されていった。

日本は古くから簡素かつ合理的な美意識を持っていたのだ。
和建築、椀、箸、包丁などにそれを感じることができる。

日本人の日本人たる表現で、世界と勝負しよう

現代のグローバルな市場において、日本はどのように活動していけば良いのか。
無印良品のデザインなども例に上げて説明がなされた。
スタイルとしてのジャポニズムではなく、
日本人の意識でもって世界と一緒に仕事をして行けば良いのだという。
“和風”ではなく”和”。JAPAN LIKEではなくJAPANなのだ。

その中でも印象に残ったのが冒頭の一言
「世界から評価されるのではなく、
世界で“機能する”日本でなければならない」

隅々まできっちりと清掃された空港、
煌々と途切れることなく灯った東京の夜景。

“機能している”のものは純粋にキレイだ。
些細なものに美しさや喜びを感じるような、そんな美意識を持っていたい。
日本人であることに嬉しさを感じて、
それと同時にクリエイターとして背筋がピンとする思いがした。

うまく書けませんが、そんな感じのセミナーでした。

「デザインのデザイン」

右に習えではだめだということ

2009年3月13日 金曜日

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それが正しい方法だと思い込んでしまうから。

みんながみんな同じようなことをしていてはだめだということ。
今まで見てきた通り、感じてきた通りではなく
それが本当に正しいのか、習う前に考えなくてはならない。
周りの情報を過信しすぎてはいけない。
気づいたら隣人と自分とが
大差ない思考に陥ってる。
大差ないことをしている。

同じようなことを考え、同じようなことをして
ときどき生じるわずかな変化を楽しんでいる。

目を見開いて、自分の目で物事を見なくてはならない。